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【伝泊連載】おじい・おばあと語らんば!〜島唄の魅力を伝えつづける平田博三さんインタビュー〜

奄美大島出身の広報がお送りする連載「おじい・おばあと語らんば!」記念すべき第1弾。「語らんば」とは、「語らないといけないね」という意味。少しずつ失われていく集落文化の事や、おじい・おばあ達の思い出話を、もっと知ってほしい!後世に残したい!という思いからスタートしました。

記念すべき1回目は、辺留(ベル)集落出身で「島唄」の研究を進めてきた平田博三(ひらた ひろみ)さんに、奄美大島出身の広報 岡村がインタビュー。奄美を出て、初めて働いた証券会社では「言葉が通じず、電話に出られなかったんだよ」という苦労話で笑わせてくれた博三さんに、集落のことや長年研究している島唄のことについて教えてもらいました。

プロフィール

写真を撮る時のみマスクを外し、撮影時以外はマスクを着用して取材を行っております。

・氏名:平田博三(ひらた ひろみ)
・年齢:80歳 ※取材時
・出身:笠利町辺留(ベル)
※島の人は、実際の兄弟でなくとも目上の人や年上の人のことを男性は「兄(あに)」、女性は「姉(ねえ)」と呼びます。今回も記事内では親しみを込めて「ひろみ兄」と表記させて頂きます。

辺留(ベル)はどんな集落?

岡村「ひろみ兄、今日はよろしくお願いします!辺留(ベル)出身と伺いましたが、どんな集落ですか?」

ひろみ兄「そうねー、辺留は真面目な人が多いっち思うよ。みんな農業やりながら、漁業もやってたね。」

岡村「ひろみ兄の人柄を見ててもそう感じます。記憶に残っている辺留での思い出はありますか?」

ひろみ兄「昔はよく浜でハマグリとったり、イザリ*に行ったりしとったよ。奄美では「スガリ」っち呼んでいる、手の長いタコを捕まえたりね。」

岡村「へ〜海に囲まれてる分、集落の生活に海は欠かせないものだったんですね。今も海にいったりしますか?」

ひろみ兄「今は、漁業権の関係が昔より厳しくなったのと、最近は浅瀬の貝も少なくなったから行かなくなってしまったね。」

岡村「そうなんですね…。辺留集落で行うお祭りや、神聖な場所とかはあるんですか?」

ひろみ兄「他の集落同様、八月踊りはするよ。辺留は神社がないから六月灯*はないなぁ。あとは、泉川(いずんご)という水場があったね。水の神様がいる場所で、みんなで大切に使ってたよ。」

・イザリ…大潮の日の夜に行う潮干狩りのこと。
・六月灯…旧暦の6月に神社に灯ろうを奉納し、無病息災を祈る伝統行事。

これまでのお仕事について

岡村「ひろみ兄はしばらく内地にいたんですよね。これまでどんな事をされてきたんですか?」

ひろみ兄「高校を出てからは大阪に行って、証券会社と印刷会社で働いて奄美に戻ってきましたよ。戻ってきてからは、なんだかんだ35年くらい役場で働いたね。」

岡村「はげ〜*証券会社!その当時だと珍しかったんじゃないですか?」

ひろみ兄「そうね、ちょっと珍しかったかもしれんね。働きだしてすぐは大変だったよ〜。言葉がわからないから電話に出られなくて。電話にでるのが嫌で嫌で仕方なかった(笑)」

岡村「なるほど(笑)そんな苦労があったんですね。」

ひろみ兄「奄美に戻って役所に入ってからは仕事をしながら、書道にハマってね。学校の感謝状やら、看板やら書いたね〜。色々な方面から依頼がくるから忙しかった(笑) 役場時代に、なにかひとつ技術を持ちなさいと教えてもらってね。それがきっかけで字だけは負けないぞ、という自信があったよ。」

・はげ〜…島人が使う感嘆詞。喜怒哀楽すべてを表現できる。

島唄の研究について

岡村「ひろみ兄は、島唄に関する教本を出してるっち聞きましたけど、何がきっかけで島唄を調べ始めたんですか?」

ひろみ兄「大阪から島に戻ってきたときにね、知り合いの男女が唄あそび*をしとったのよね。それを聞いたときに、改めて島唄の良さに感動して、詳しく知らない自分が情けなく思って、それから調べるようになり始めたね。八月踊り*の唄の意味を聞いても知らない人が多くて、平成25年くらいから本格的に調べ始めて。調べ始めてトータル8年くらいになるかな。」

・唄あそび…交互に島唄を歌い、掛け合いを楽しむ遊び。
・八月踊り…奄美大島の伝統的なお祭り。旧暦の8月に集落で輪になって踊りを楽しむ。

自作の本の中は八月踊りの歌詞とその和訳でぎっしり

岡村「8年!すごい年月ですね。いろんな集落を巡っていると、同じ曲でも少し歌詞が違っていたりしますが、その理由ってご存知ですか?」

ひろみ兄「もともと1つしかなかった歌詞が口伝されていくうちに、間違って伝わっていってることがあるんだよね。あとは、教えたくなくてわざと誤った歌詞を教えたり、盗まれないよう聞き取れないようにして歌ったり。それが今では集落ごとの個性として残ってる。そういう内容も残しておきたくて、本の中には記してあるよ。」

調べたことを元に改稿を重ねている教本

島唄の研究が転じて「三線作り・チヂン装飾」まで!

ひろみ兄「実はね、三線(さんしん)作ったり、チヂンの修理もしてたのよ。」

岡村「え!すごい!どこかで作り方を勉強されたんですか?」

ひろみ兄「いやいや、完全に独学(笑)60歳過ぎた頃、ふと作ってみようかなと。昔の人に作れたなら出来ないはずがないっち思ったのよ。全部のパーツを作るわけじゃなくて棹(さお)*とカラクイ*の部分だけ作って、皮を張るのは他の人に任せるんだけどね。昔は完成まで2ヶ月近くかかってたけど、最近は2週間くらいで作れるようになるくらい上達したよ。今は道具が壊れてしまったからお休みしてるんだけどね。」

・棹…三線の本体である木材の部分。
・カラクイ…本体トップに刺さっている、弦を巻く糸巻き部分。
・チヂン…奄美大島の伝統的な太鼓。お祭りには欠かせない楽器。

手作りの三線を見せてくれるひろみ兄

岡村「いや〜ひろみ兄、すごすぎます…。もしかして、ここに飾ってある弦が6本ある三線も作ったんですか?」

ひろみ兄「そうそう。もともと沖縄で発明されたみたいなんだけど、6本あることで音が柔らかくなる。名瀬のほうで三線を教えていたときに、習っている人たちにほぼ原価で作って販売してあげたから持ってる人が何人かいるかもね。」

岡村「実は、先日たまたま訪れた人のお家にあるのを見たんです。あれもひろみ兄の作品だったんですね〜。この写真のチヂンは、柄が入ってますがこれもひろみ兄が?」

ひろみ兄「これも私が考えたアイデア。思いつきでやってみたら、音の響きもよくなったりして意外と人気になっちゃって。色々なオリジナルの柄を作らせてもらったよ。」

岡村「ひろみ兄、本当に色々なことに挑戦してますね…!こんなに色々なことに積極的に取り組む理由ってなにかあるんですか?」

ひろみ兄「なんでもやればできる、という気持ちを大切にしてる。挑戦してみれば意外とできるよ。あなたもぜひ色々なことに挑戦せんばね。(=しないとね)」

岡村「なるほど。ひろみ兄のお話を聞いて、すごくやる気が溢れてきました…!私もやりたいことにどんどん挑戦していきます。今日は本当にありがとうございました!」

仕事も島唄の研究も全力で打ち込んできたひろみ兄

島唄の研究からお手製の三線作りの話まで、はつらつとインタビューに答えていただきました。「なんでも挑戦!できないことはない」と熱く語ってくれたひろみ兄。小さな島から大都会に飛び込み、様々な大変さを乗り越えてきたからこその言葉だなと強く感じました。本来の島唄を歌える人が少なくなってきてる中、島唄の魅力を伝え続けるひろみ兄の思いをお届けできたら幸いです。

今後もおじい・おばあの集落話、思い出話しをお届けしていきますのでお楽しみに!

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