vol.10 島立ちする彼女のアイデンティティ

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“Amami”はイタリア語で「私を愛して」という意味。
そう、奄美には愛さずにはいられない魅力が溢れています。
自然、食、人etc.、愛すべき奄美の魅力を島人の目線でお届けします。

 

彼女が毎日のように歩いていた浜で。

しまぬ自慢をご覧の皆さま、こんにちは。
加計呂麻島在住の作家、三谷晶子です。
皆さまは、〝島立ち〟という言葉をご存知でしょうか?

〝島立ち〟とは、文字通り、「島を立つ」こと。
進学や就職などで生まれ育った島を旅立つ人びとのことです。

加計呂麻島は、高校がない島。港から20分ほどの奄美大島・南部の古仁屋にも高校はあるのですが、住んでいる集落から港、港から船という交通を考えるとなかなか毎日、通うのは難しいもの。
寮に入って、奄美大島の中心部・名瀬や鹿児島などの高校に進学する子がほとんどです。

今年の春、高校進学で、島を離れる近所の中学三年生がいました。

私が加計呂麻島に住んですぐの7年前は小学生だった彼女を始めて見かけたのは、集落の行事、豊年祭のとき。
彼女は、豊年祭でフラダンスを披露していました。

そのフラダンスが、驚くほどに格好良く、素敵だったのです。

フラダンスをずっとしていたせいか、撮影中も驚くほどどのポーズも決まっていた彼女。

彼女のフラダンスは、幼い子どもが踊っているからかわいらしい、微笑ましいというものではありませんでした。ポーズも動きも指先から足の先までびしっと、目線の落とし方や顔の表情まで全てが決まっていた。
たまたま遊びに来て豊年祭に同席した東京から来た友人も「あの子、びっくりするぐらいい格好いいね」と言っていました。

ご近所の彼女とはそれからよく道端や浜で会うように。
彼女が弟とともに夕暮れ時にビーチにいるときは、私もよく混ざって一緒に遊びました。

ぐんぐん成長していく彼女は、いつの間にか私の身長を追い越していました。

そして、今年の春。
ちょうど年末に大掃除をして、もう着ない服を整理していた私は、「よかったら、私の洋服いる? 身長、一緒ぐらいだし。卒業祝いにあげるよ」と言いました。

彼女の年齢にしては大人っぽいワンピースもよく似合う。

彼女は喜んで服を見に、うちに遊びにきました。

「とりあえず着てみなよ」と手渡した服が、本当にどれもこれも似合う。

女同士のお出かけ前のように鏡の前で帽子や靴、アクセサリーも合わせたりして、そうこうしているうちに「ねえ、卒業祝いに撮影会しない?」と私は口に出していました。

そして、天候を見計らい、数日後に撮影会を開催。

スタイリングは私、撮影も私、着替えは私の家。
近所の壁際で、すぐそこのでいご並木で、いつも遊んでいた海で、衣装をとっかえひっかえしては撮影。
疲れたらお茶を飲み、お菓子を食べ、中学生としての今までのことや、これからの高校生活のことを話しながらの撮影会でした。

「どこで撮ってほしいとか希望ある? 車出して、どこかに行ってもいいよ」

そう聞いた時に彼女は「ううん、自分が住んでいるこの集落で撮りたい」と言いました。

私がプロデュースしているブランド、ILNAD identityの彼女が住んでいる集落をテーマにしたTシャツを着ての1枚。

「集落のどこが一番好き?」

私がそう聞くと、彼女はこう答えました。

「いちばん大きいでいごかな。小さい頃は毎日ずっと登ってて。中学生になってからあんまり登ったりはしなくなったけど、辛いことがあったり、落ち込んだりした時にはいつもでいごのところに行ってた。そうすると、気持ちが落ち着いて、また頑張ろうって思えた」

「でいごの木ってどんなイメージ?」

「昔はダンディで今は穏やかになったおじいちゃん。いつも、どんな時でも一緒にいてくれる存在。小さい頃から今まで、どんなに高いところに登っても怖くなかったし、一度も怪我したことがない。守られてる感じがする」

その、でいごの木の前で撮影をすると、彼女の顔がふとゆるみました。

彼女いわく「見守ってくれるおじいちゃん」のでいごの前での1枚。

撮影後、さまざまなショットを二人で眺めていると、でいごの木の前で撮った一枚に「これ、家でお母さんに見せる顔と同じ顔。『どうせわかってるでしょ、言わなくても』ってところが」と彼女は言いました。

「ねえ、島から出たらどうなると思う? 何したいとかある?」

私がこう聞くと、彼女はまっすぐな目でこう答えました。

「買い食いしてみたいとか、同い年の子と喋りたいとかあるよ。学校帰りにファストフードに寄ったりとか、そんなのずっとインスタの世界だったから。でも、たぶん、すぐに島が恋しくなる。やっぱり、ここが落ち着くってすぐ言うと思う。今まで、島立ちをしてた親戚を見ててもみんなそうだったもん」

いくつか撮ったショットの中、彼女は「これは島っぽい」「これは島の人じゃないみたい」と言いました。

「島の人じゃないみたいなのはいや?」

私がそう聞くと、「うん、変わりたくない」と言いました。

「都会に行ったからって、変に都会ぶったりとかしたくない。見た目は大人になって変わるかもしれないけど、でも、うん」

きっと、彼女は、これからどこに行っても、このでいごの木のこと、ここで過ごした日々のことを忘れないのだろう、と思いました。

でいごの木の近くの、使われなくなった船が花壇になっている場所での1枚。

アイデンティティとは、「自己が環境や時間の変化に関わらず、連続する同一であること」を意味します。

彼女はすでに流されない自己を持ち、この場所で育ち、そして島立ちをすることが連続して同一であることを知っている、と思いました。

海辺で毎日のように会っていた彼女が、島から出るのはやはり寂しい。
けれど、次に会う時、彼女が町で何を見つけ、そして町から島に戻ってきて、どう感じるのかをわたしは聞きたい。

十代の彼女のきらめきは、刻一刻と姿を変えていく。
けれど、同時に、その輝きの根幹は、一緒に眺めた家から徒歩数十秒のこの海のように、きっと変わらない。

「ちょっと寝そべってみてくれる?」と言ったらためらいなく浜に寝転がってくれた彼女にモデル魂を感じました。

でいごの木の側で彼女の話を聞ける日を、わたしは楽しみに待っています。

model kokoro
photo&styling Akiko Mitani

 

【プロフィール】
作家、ILAND identityプロデューサー。著作に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。短編小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。2013年、奄美群島・加計呂麻島に移住。小説・コラムの執筆活動をしつつ、2015年加計呂麻島をテーマとしたアパレルブランド、ILAND identityを開始。

三谷晶子 Ameba Ownds
https://akikomitani.amebaownd.com/

ILAND identity
https://iland-identity.jp/